評価を獲得して生きて行く! 「ホリエモンとオタキングが、カネに執着するおまえの生き方を変えてやる!」

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岡田斗司夫さん堀江貴文さんの対談本であるホリエモンとオタキングが、カネに執着するおまえの生き方を変えてやる! (一般書)を読みました!

岡田さんによる序文にこのようにありますが、岡田斗司夫さん堀江貴文さんが互いの考え方や価値観を探り合っていて、非常に面白い対談本です!

本書では、僕と堀江さんは互いの「理由」を尋ねあいます。
知りたいのは「方法」じゃなくて「考え方」だからです。問題の解き方を知りたいんじゃない。問題を理解する思考法を知りたいんです。

 

 

やりたいことだけやって生きる

堀江 それはそうなんですけど、また同じことをやるのもつまらないでしょ。世の中のひとは、ぼくがまたITベンチャー企業を立ち上げて、まったく同じことをやって成功して、世の中を見返すストーリーを期待しているみたいですけど。どうやればいいかもわかっているから、みんなが思っているよりもずっと早く成功するとは思うけれども、やりたくはない。それよりも早くロケットを打ち上げたい。そこのところをどうしてもみんなに理解してもらえません。ぼくは、自分でCMにも出たし、選挙にも出たし、本も書いた。ぼくは何でも1回やったら満足して、次のことがやりたくなるんです。よく「あなたが60歳になったとき、何をやっていますか?」と聞くひとがいるじゃないですか?

岡田 ああ、いますね。

堀江 ぼくはそんなことに興味がない。そんなことを考えて意味があるのかなと思ってしまうんです。

岡田 若いころにも考えてなかったですか? 15歳のとき、20歳になったら自分はどうなっているんだろうとか。

堀江 全然ないです。

岡田 1年先のことは?

堀江 考えないです。

岡田 明日は?

堀江 明日とか今日の晩ご飯に何を食べようとかは考えます。

岡田 ハハハ。そういうひとでないと、ホリエモンにはなれないんだ。そのときその日に、いちばんやりたいことをするという生き方ですね。

 

堀江 「不倫はいけない」とか「子どもは親が育てる」などのタブーやルールが生まれたのは、昔、人間の生活が太陽の運行に支配されていて、みんなが一丸となって食糧を生産しないと生きていけなかったからではないでしょうか。その後、工業化社会になっていろいろと便利なものが発明され、人間の暮らしはどんどん楽になっていきました。それなのに、いまだに昔のタブー、ルールに縛られているように思います。

岡田 技術の進化は1、2年でも起こりますが、社会的な価値観の変化は30年くらいはかかりますね。やはり子どものころに教えられた価値観で育つひとが大勢いますから。いまから10年後、20年後くらいには、堀江さんが言っているようなことは当たり前になるでしょうし、すでにいまの中学生や高校生くらいだとリアルな皮膚感覚になっているかもしれませんね。ただ、社会全体の価値観はそうそう変わりません。大人が子どもに与える教育というのは、本質的に「本来ならぼくたちはこう生きたかった」という虚像です。「これからの社会はこうなるから、こう生きろ」ではなくて、「いまの社会はこうなってしまったけど、お前たちだけはこう生きてくれ」と言ってしまう。
例えば、いじめの問題。大人の社会では、いじめや無視なんて当たり前のように行われています。それなのに、子どもにはいじめが存在しないかのように教えて、その結果教育現場には歪みが生まれています。社会の実像ではなく、虚像ばかり教え込もうとしてしまう。子どもからすれば、自分自身の現実の生活と、学校で教えられる噓がぶつかって、矛盾が大きくなっていく。そうして、さらに意味のないいじめとかがどんどん発生してしまう。
そういう実像と虚像のずれがある以上、社会は一歩前進一歩後退で変化していくことになります。出産や育児に関しても同様でしょう。出生率が下がっても、その分逆に古典的な家族像への憧れを次世代に伝えようとして、ワールドワイドのドラマやエンターテインメントは「育児万歳」の方向に向かっていく。世界中で流れているエンターテインメントが育児万歳になれば、次世代からは親の世代とは違う価値観を持つようになる。
これから10年、20年したら、家族のつながりはバラバラになっていくのでしょうが、次代の小学生は「俺たちの親の世代は薄情だったけど、人間味がないのはダメだ。俺たちは家族バンザイ!」ということで、保守的な方向に傾いていって、人口が徐々に増えていくかもしれません。社会の変化は、こういうことの繰り返しになるのではないでしょうか。もう少ししたら、子どもをどんどん産もうという風潮が拡まって、揺り戻しが来ると思いますよ。

 

 

個人の力を「拡張」せよ

堀江 今日岡田さんとお話しすることになって、岡田さんのツイッターアカウントをフォローしました。岡田さんのツイートを読んでいて、いちばん気になったのが「オタキングex」です。いったい何なんですか、あれは?

岡田 2010年の4月1日にぼくが立ち上げた組織です。普通の会社ではなくて、家族集団であり、学校でもあります。普通の会社ではないけど、いちおうメンバーの間では「会社」と呼んでます。いまのぼくは本の印税だけじゃなくて、講演やテレビの出演料も全部ノーギャラです。
じゃあ、どうやってぼくは食べているのかということですが、社員に食わせてもらっています。普通の会社では、社長が社員に給料を払いますよね。でも、オタキングexでは、「社長」であるぼくに「社員」が給料を払う。その代わり、ぼくの仕事のギャラは全部タダにする。作ったコンテンツをタダで発表します。要するに、岡田斗司夫というコンテンツを無料化して、大勢に届けるための組織です。

堀江 社員以外のひともタダで見られるんですか?

岡田 全員タダ。社員はお金を払って、タダで見せる側なんですよ。普通とはお金の流れる方向が逆なんです。ぼくの試みがおもしろいと思ったひとは、年間12万円を払ってオタキングexに参加します。ぼくの生活はメンバーが払う年会費で保障されるので、ぼくはコンテンツを気兼ねなくタダで世界中にばらまけるわけです。これだけなら、弟子が師匠に授業料を払うのと同じですけど、それだけではありません。
本は年間12万円を払ったメンバーとぼくが一緒に書いています。つまり、学校であるのと同時に、会社と同じように本当の仕事をしています。メンバーは年間12万円でぼくと一緒に仕事をする権利を買っているわけです。自分をフリーにして拡張するということで、ぼくはこの仕組みを「exシステム」と名付けました。
ギャラをもらって仕事をするということが、世の中をちょっとおかしくしているんじゃないか? 仕事にはいろいろなパターンがあります。給料をもらってやる仕事もあれば、家族のためにご飯を作るというように、タダでする仕事もある。さらに、お金を払ってする仕事もあります。遠隔地のボランティアには、みんな電車賃を自腹で払ってでも行くでしょう。

 

岡田 いいものって、だいたいタダになるじゃないですか? 例えば、映画。映画館で上映されている映画には、おもしろい作品もあれば、つまらない作品もある。本当におもしろい作品は地上波でタダで放映されるでしょ? 値打ちがあるものは結局タダになるんですが、最近はタダになるまでの期間がどんどん短くなっている。ジブリの映画なんて、映画館で上映されてから1年くらいでテレビ放送されますよね。人気がない作品はいつまでも高いまま。コレクター向けのボックスでしか販売されなかったりする。ぼくのコンテンツは人類にとって大変に値打ちのあるものなので、タダで提供されるべきなんです(笑)。

堀江 自分でコンテンツを作って、売るほうが楽なんじゃないですか?

岡田 コンテンツを売って暮らそうとしたら、日銭で右往左往しなければいけません。自分が書いた本が売れるかどうかで、一喜一憂することになります。1冊1500円の本なら、1万部売れたら著者印税は150万円くらい。
でも1万部売れたら、そのうちの5パーセント、500人くらいはぼくの考え方をおもしろいと思ってファンになってくれるんですよ。そういうファンのさらに5パーセント、25人くらいがオタキングexの「社員」になってくれれば、300万円の売上が立つことになります。
1冊の本を出して150万円を稼ぐより、こちらのほうがずっと経営として安定しています。確かに、大ヒット作品を出せば印税はたくさん入ってきますが、よほどのヒットでないかぎり物書きにはあんまりお金が入りません。おまけに、12万円を払ったひとたちは1回かぎりで終わりではなく、ぼくと一緒に働いてくれるから、もっと本を作りやすくなる。
この出版不況のなか、出版社から見ても著者印税ゼロはうれしいでしょう。そのうち「岡田斗司夫はタダなのに、ほかのやつらは10パーセントも印税を要求しやがる!」と考えるようになるかもしれない。そうなると、同じくらい売れそうなら、ぼくのところに注文が来ます。ぼくは社員に執筆作業を任せられるから本をいままでよりたくさん出せるし、社員は社員でオン・ザ・ジョブ・トレーニングができるというメリットを得られます。
ぼくがおもしろいことさえしていれば、ぼく自身の経営は安定するんですよ。あと、社員数の上限は300人と決めています。それ以上増えても、ぼくがケアできませんから。社員全員の顔と名前、彼らがどんなことをしたいのか把握するには、300人が限界です。また、社員は3年で卒業するようになっていて、3年を超えてぼくに給料を払うことはできません。リタイヤ社員として在籍はできますけど。だから、ぼく自身の収入にも上限を設けているということになります。

 

岡田 この世の中には、ぼくと、理解者、誤解したことを吹聴するひとがいる、それがいままでの考え方です。でも、ちょっと待てよ、誤解も含めて「岡田斗司夫」なのではないか。ぼくのことを理解している、誤解しているにかかわらず、ぼくについての発言をすべて肯定してみたらどうなるか、そっちのほうがおもしろいんじゃないかと考えるようになりました。
ぼくを嫌いでも、ぼくのことをネットでしゃべっているかぎり、そいつは「岡田斗司夫・黒」、ぼくを褒めているヤツは「岡田斗司夫・白」だと。もしかしたら、同じひとたちが今日は堀江さんのことが気に食わないと語っているかもしれないけど、それならそいつらは「ホリエモン・黒」なんですよ。
同じことはぼく自身についても当てはまります。いま、この世の中で暮らしている人間で、「100パーセント自分」だというひとはいません。ぼくらは自分の考えを発信しているつもりでも、前に観た映画の影響を受けていたり、誰かの意見を受け売りしているだけだったりする。ぼくらは、いろんなモザイクからできた、まだら模様の存在なんです。だったら、他人も含めて、自分の拡張版、すなわち「ex」ととらえるのがいいんじゃないか。そこまで考えて、自分のやりたいこと、目標のようなものが少しずつ見えてきました。

堀江 岡田さん、というか、拡張された岡田さんであるオタキングexの目標は何なんでしょうか?

岡田 口にするのはちょっと恥ずかしいんですが、人類が味わっている苦痛の0.3パーセントの軽減です。

 

 

貨幣経済の限界

堀江 ぼくはいまの社会システムを変えようとしていて、「21世紀において国家は必要なのか?」「会社と国家はどういう関係にあるべきか?」「国家と通貨の関係は?」といったことを夢想しているんですよ。
ぼくもいまの貨幣経済のあり方には疑問を感じていて、1つの実験を行おうとしていました。あまり理解されていないんですが、ライブドアというのは1つの壮大な実験であり、ぼくがやりたかったのは株式を通貨にすることだったんです。株式をどんどん分割していくと、額面は5円や10円になりますよね。どんどん小さな単位に分割していけば、流動性が高まっていきます。当時は、トゥグルグ(モンゴルの通貨単位)より、ライブドア株のほうが価値が高かったんじゃないかな。つまり、日本人に1万トゥグルグ紙幣を渡すのと、ライブドア株を渡すのだと、後者のほうが喜ばれるということです。そうなると、通貨と株の違いはなくなっていく。株の流動性を究極まで高めれば、もしかしたらドルよりも価値が上がることだってあったかもしれません。 岡田 堀江さんがやろうとしていたのは、会社や組織が通貨を発行するということですよね。ライブドア株の1株当たりの価値を下げていったら、1円とか10円くらいになっていく。そうなった時、支払いを円で受け取りますか、それとも株で受け取りますか、と。日本国内で、円に次ぐ、第二の通貨としてライブドア株が流通することになる。
日本国内だけじゃありませんよ。アメリカなども含めて海外でも何の制約もなく流通させることができます。ワールドワイドに展開するコングロマリット(複合企業)なら、何十万人という社員を抱えていますから、それはもはや1つのバーチャル国家です。バーチャル国家のなかでは、農作物などが生産されているし、流通業や小売業もあって、商品やサービスは株で売買される。最終的にはどこまでいくのだろうと考えて、ライブドアで実験しようとしていました。
当時のライブドアは世界企業になりつつあって、仮に30万人がライブドアグループで働いているとしたら、それはもう一種の国家なわけです。警察力や軍事力はありませんけど。そして、その国のなかではライブドアの株式が通貨として流通しており、野菜や肉も買うことができる。通貨は流動性が高まるほどその価値も上がっていきますから、30万人が利用するライブドア株式なら、円よりは信用力が低いかもしれないけど、新興国の通貨よりも高いということになるかもしれない。そうなってきたら、さらにいろんなものをライブドア株式で調達できるようになります。
いまだって、会社を買収するのに株式を使いますよね。株式というのはそういうものでしょう。

岡田 いまの国家はサイズが大きくなりすぎて小回りが利かなくなっているから、企業がそれを肩代わりする動きが出てきていますね。堀江さんも通貨を発行して、バーチャル国家を作ろうとした。
独自通貨を発行するというのはビジネスの最終段階ですから。普通、国でないと発行できない通貨を、国をすっ飛ばして発行してしまうと言う、とんでもないことをしようとしたんですね。株式分割によって小さな額面の下部を流通させ、塩谷ドルとは別の、規制にひっかからない通貨を作る。そういう王国を目指したと。国家には領土があり、ひとはどこかの国家に属している。いまのぼくらは自分が属する国家を1つしか選べない時代に生きています。でも、「どの通貨を使うか」=「どの国家に属しているか」と考えてみたらどうでしょう? 携帯会社を選ぶくらいの感覚で、ぼくらは複数の国家に所属できるということになる。堀江さんは「ベンチャー国家」を立ち上げようとしたわけですね。

 

 

「儲けよう」とするな

岡田 ちょっと話がずれたけど、さまざまな分野において国家が独占していたものを、いまは会社や個人で持てるようになってきました。ユーチューブを使えば個人でも映像を配信できるようになったし、将来は堀江さんが言っていたように通貨も発行するようになっていくかもしれない。
これからは、評価をたくさん集められるひとがコミュニティを作り、人々はそこに属するようになっていくでしょう。いろんなメディアに出るほど、まず注目を集められるようになる。注目を集めたときに、ちゃんといいことをしていれば評価が貯まっていきます。そして、評価がある臨界点を超えると、株式を上場するように、「個人の上場」が可能になります。評価が貯まっていけば「俺はこんなことやるぞ!」と宣言することで、ある程度の人数が集まり、お金を投資してくれたり仕事を手伝ってもらえるようになって、お金を得るための仕事をしなくても食っていけるようになる。参加者は、評価の高いひとのコミュニティに属して仕事をすることで、自分の評価を上げられます。堀江さんはもう上場してますよね。

堀江 ほかにはどんなひとが上場できるんでしょう?

岡田 ほかの仕事をせずに、上場することだけで自分の食い扶持すべてを稼げるとなると、日本全体で1万人いるかいないかというところでしょう。1人で大企業を立ち上げたようなひとは、その会社を辞めても、大勢のひとがついてきてくれます。作品だけで食えているクリエイターも大丈夫。神田昌典さんや大前研一さん、勝間和代さんもFREEexすべきだと思います。こういうひとは、消費者からいちいち小銭をとるべきではありません(笑)。

 

岡田 評価経済だと、「儲けられそう」ではなく、評価が高いひとのところに、ヒトもカネも集まってきます。

堀江 寄付についても、おもしろい変化が起こっていますよ。2001年にイギリスで「Just Giving」というチャリティサイトが立ち上がり、2010年までに980億円を集めました。同じ2010年には、NPO法人のチャリティ・プラットフォームが日本版の「ジャスト・ギビング・ジャパン」をはじめています。ちなみに、村上ファンドの村上世彰さんが、チャリティ・プラットフォームに数億円の寄付をしていて、彼はチャリティ・プラットフォームの理事も務めました。
ジャスト・ギビング・ジャパンでは、「チャレンジ」というプロジェクトを設定して、それに賛同するひとたちから、お金を集める仕組みになっています。「ロンドンマラソンの完走を目指すから、協力してほしい」といったチャレンジもありますね。ロンドンマラソンはチャリティを前面に出していて、参加者の多くがチャリティのために走るそうです。
ジャスト・ギビング・ジャパンを運営している佐藤大吾さんは前からの知り合いだったので、ぼくもこのサイトで東日本大震災支援の寄付を集めてみようと思いました。ぼくが参加する前に集まっていたのは、累計で3000万円くらいだったかな。ぼくがチャレンジをはじめたところ6000万円が集まり、それが起爆剤となって有名アスリートたちもチャレンジをやり出して、震災救援のために全部で数億円の寄付が集まりました。

岡田 もう完全に評価経済社会ですよ、それは!

 

岡田 貨幣経済の割合が減っていくということは、お金のやり取りが減っていくということでもあります。これからはコンテンツもフリーになっていくし、機械でできる仕事も増えていくから、古典的な仕事をしてちゃんと給料がもらえるひとは、国民の5パーセントくらいじゃないかな。一部の変なひとだけが給料をもらって、95パーセントのひとは失業状態になる。

堀江 たいていのひとは、年金や生活保護、あるいはベーシックインカムでもいいんだけど、1人当たり数万円の月額支給で暮らすようになるんじゃないかな。

岡田 あと、みんな年がら年中、細かいバイトをいろいろやっていると思いますよ。ベーシックインカムなどで最低限の生活が保障されるようになると、最低賃金をもっと下げても大丈夫になります。おもしろい仕事なら、時給100円とか50円でも働いてくれる。

 

 

堀江さんのあとがき

岡田さんやぼくは「評価」を流通させる「評価経済社会」についての理解が広まれば、社会的な問題を減らせると考えている。
それは、お金こそ諸悪の根源で、これさえなくせばみんな平等でハッピーになる……ということではない。対談の中でも述べているように、岡田さんもぼくも競争を否定してはいない。競争は、人間を人間たらしめる根源的な要素の1つだ。競争があったからこそ、人間は技術を進歩させ、文明を築いてきた。
だが、貨幣経済社会には、大きな問題がある。
格差が固定されやすいのだ。
市場原理に基づいた競争はフェアだが、たくさんのお金をいったん手にしてしまえば、立場は安泰。金持ちはずっと金持ちでいられるし、貧乏人は貧乏人のままだ。格差が固定化されると、人々の不満が募り、世の中が不安定になる。戦争などの揉め事が起こって、結局全員が不幸になってしまう。

(中略)

家や車を所有しなければならないという思い込みを捨てれば、人生はとても楽になる。
そもそも所有することにたいした意味などないのだ。あなたが使っているスマホも、あなたの完全な所有物ではなく、自由に機種変更できなかったりもする。大事なのは、契約上所有しているかどうかではなく、必要な時に使えるかどうかだ。

(中略)

ぼくがこう言うと、「そんな生活ができるのは、ホリエモンみたいな人だけ」と思うかもしれない。
しかし、お金がなくて苦しんでいるのなら、きつい言い方になるが、あなたは貨幣経済社会で負け組だ。それなら評価を上げて、評価経済社会での勝ち組を目指したほうがいい。
評価経済社会での勝ち組とは、得をするとか儲かるといったことではなく、豊かな人生を送れるということ。人から頼られ、「イイネ」と言ってもらえる人になることだ。

 

 

この本を読んでいて印象的なことの一つは、少し前に堀江貴文さんはサロンを作りましたが、このサロンはまさしくexシステムだということです。
堀江貴文サロン – Synapse(シナプス)

少し目的などは違いそうですが、堀江さんと一緒に仕事をするため、堀江さんからビジネスアイディアを一緒に実行していくため、そういう目的で恐らくこのサロンに入っているんだと思います。

 

実際新規事業なんか幾らでも思いつくのだけど、社長候補がいなかったりとか資金が足りなかったりとかで出来ないことも多い。それもサロンのメンバー主体でやっていければと思うし、メンバー同士で事業を立ち上げてもいいだろう。もちろんビジネスだけでなく、私がトライしている、例えばトライアスロンチームに参加してみるとか、エゾジカ狩りツアーに参加してみるとか楽しみ方の提案もしていこうと思っている。

オンラインサロンを始めた狙いについて。 | ホリエモンドットコムより)

exシステムは個人を拡張するものだということを岡田さんは言っていますが、このサロンは正に堀江さんを拡張したものであります。

 

もう一つは、岡田斗司夫さんのコンテンツに対する考え方が非常に面白かったです。

exシステムは、どう一つ一つの作ったコンテンツによって稼いでいくかではなく、自分というコンテンツに、自分という人間への評価によって、稼いでいくという取り組みです。

また、いいコンテンツはただになっていくというのは、TVの時代からそうですし、ネットもそういう側面はもちろんあります。この本がいいコンテンツだからこそ、このように自分は書いているわけですし、他にも色々な人がこの本に関する内容を書いています。

 

そして、とても共感したのが最後の堀江貴文さんのあとがきです。

必要なときに必要なだけ使えるのであれば、所有する必要がないものは恐らくたくさんあります。

必要性が低いものを所有するためにお金をかけることは間違いなく無駄だし、自分一人で所有する必要性のないものだってたくさんあります。

 

 

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