欲望を手に入れるために旅に出る! 「弱いつながり 検索ワードを探す旅」

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東浩紀さん弱いつながり 検索ワードを探す旅を読みました。

ネットは繋がりを強くしていくツール! そこで世界は広がらないし、セレンティビティーは生まれない。 | 新卒でプロブロガーを目指すブログ!という記事で、津田大介さんとのラジオのラジおこしについて書きましたが、実際に本を読んでみたら想像以上にいい本で、すごく色々なことを考えさせられています。

 

・ネットは階級を固定する道具です。「階級」という言葉が強すぎるなら、あなたの「所属」と言ってもいい。世代、会社、趣味……なんでもいいですが、ひとが所属するコミュニティのなかの人間関係をより深め、固定し、そこから逃げ出せなくするメディアがネットです。

・ぼくたちはもうネットから離れられない。だとすれば、その統制から逸脱する方法はただひとつ。グーグルが予測できない言葉で検索することです。ではそのためにはどうすればよいか。本書の答えはシンプルです。場所を変える。それだけです。

・自分を変えるためには、環境を変えるしかない。人間は環境に抵抗することはできない。環境を改変することもできない。だとすれば環境を変える=移動するしかない。

・ぼくたちは環境に規定されています。「かけがえのない個人」などというものは存在しません。ぼくたちが考えること、思いつくこと、欲望することは、たいてい環境から予測可能なことでしかない。あなたは、あなたの環境から予想されるパラメータの集合でしかない。

・アメリカの社会学者、マーク・グラノヴェターが一九七〇年代に提唱した有名な概念に、「弱い絆(ウィークタイ)」というものがあります。グラノヴェターは当時、ボストン郊外に住む三〇〇人弱の男性ホワイトカラーを対象として、ある調査をしました。そこで判明したのは、多くのひとがひととひとの繋がりを用いて職を見つけている、しかも、高い満足度を得ているのは、職場の上司とか親戚とかではなく、「たまたまパーティで知り合った」といった「弱い絆」をきっかけに転職したひとのほうだということでした。深い知り合いとの関係よりも、浅い知り合いとの関係のほうが、成功のチャンスに繋がっている。

・世のなかの多くのひとは、リアルの人間関係は強くて、ネットはむしろ浅く広く弱い絆を作るのに向いていると考えている。でもこれは本当はまったく逆です。ネットは、強い絆をどんどん強くするメディアです。ミクシィやフェイスブックを考えてみてください。

 

旅に出る 台湾/インド

・この経験からわかったことは、インドについての情報は、ブログを書く人々の行動によってフィルタリングされているということ。要するに、アライバルビザはバッグパッカーに厳しかったんですね。こぎれいな格好をして、「いいホテルに泊まる」と言えば楽に取得できる。しかしそんな情報はネットには載っていない。バックパッカーしか、インドについて書いていないからです。

・しかしここで決定的に重要なのは、いまぼくがしゃべったことは、じつはほとんど日本語で、インターネット上に当たり前にある情報だということです。でもぼくは知らなかった。読者のみなさんも、ほとんどのかたは知らなかったと思います。ネットでいくら情報が公開されていても、それは特定の言葉で検索しなければ手に入らない。

・ネットは、ここでどうしてもリアルを必要とします。

・ぼくらはいま、ネットで世界中の情報が検索できる、世界中と繋がっていると思っています。台湾についても、インドについても、検索すればなんでもわかると思っています。しかし実際には、身体がどういう環境にあるかで、検索する言葉は変わる。欲望の状態で検索する言葉は変わり、見えてくる世界が変わる。裏返して言えば、いくら情報が溢れていても、適切な欲望がないとどうしようもない。

・国境を越えると、言語も変わるし、商品名や看板を含めて自分を取り巻く記号の環境全体ががらりと変わる。だから海外に行くと、同じようにネットをやっていても見るサイトが変わってくる。最初の一日、二日は日本の習慣でツイッターや朝日新聞のサイトを見ていても、だんだんそういうもの全体がどうでもよくなっていく。そして日本では決して見ないようなサイトを訪れるようになっていく。自分の物理的な、身体の位置を変えることには、情報摂取の点で大きな意味がある。

・本書では「若者よ旅に出よ!」と大声で呼びかけたいと思います。ただし、自分探しではなく、新たな検索ワードを探すための旅。ネットを離れリアルに戻る旅ではなく、より深くネットに潜るためにリアルを変える旅。

・ネットには情報が溢れているということになっているけど、ぜんぜんそんなことはないんです。むしろ重要な情報は見えない。なぜなら、ネットでは自分が見たいと思っているものしか見ることができないからです。そしてまた、みな自分が書きたいと思うものしかネットに書かないからです。

 

観光客になる 福島

・検索はそもそも、情報を探す側が適切な検索ワードを入力しなくては機能しません。

・いまは、特殊な経験や知識よりも、顧客の要望に応じていかに適切に検索するか、その能力こそがビジネスにおいて重要になっているということです。だからこそ、たえず新しい検索ワードを手に入れる必要がある。

・観光客は無責任です。けれど、無責任だからこそできることがある。無責任を許容しないと拡がらない情報もある。「はじめに」で述べた弱い絆の話を思い出してください。無責任なひとの無責任な発言こそが、みなさんの将来を開くことがあるのです。

・世のなかの人生論は、たいてい二つに分けられます。ひとつの場所にとどまって、いまある人間関係を大切にして、コミュニティを深めて成功しろというタイプのものと、ひとつの場所にとどまらず、どんどん環境を切り替えて、広い世界を見て成功しろというタイプのもの。村人タイプと旅人タイプです。でも本当はその二つとも同じように狭い生き方なのです。だから勧めたいのは、第三の観光客タイプの生き方です。村人であることを忘れずに、自分の世界を拡げるノイズとして旅を利用すること。旅に過剰な期待をせず(自分探しはしない!)、自分の検索ワードを拡げる経験として、クールに付き合うこと。二五年後の観光客が、福島に来て、それまではいちども検索しなかった「原子力」や「放射能」を検索してくれれば、それで福島第一原発観光地化計画は成功です。検索とは一種の旅です。検索結果一覧を見るぼくたちの視線は、観光客の視線に似ていないでしょうか。

 

モノに触れる アウシュヴィッツ

・表層を撫でるだけだろうとなんだろうと、どこかに「行く」というのは、それだけで決定的な経験を与えてくれることがある。

・言葉にできないものを言葉にすること。そのために大事なのは、まずは言葉にできないものを体験すること、つまり「現地に行くこと」です。そして、できるだけ多くのひとに訪れてもらうためには「観光地化」は欠かせない。

・ネットには、そこにだれかがアップロードしようと思ったもの以外は転がっていない。「表象不可能なもの」はそこには入らない。

・重要なのは、言葉を捨てることではなく、むしろ言葉にならないものを言葉にしようと努力することです。本書の言葉で言えば、いつもと違う検索ワードで検索することです。

・検索ワードを探す旅とは、言葉にならないものを言葉にし、検索結果を豊かにする旅のことです。そしてそのためには、バックパッカーでなくても観光で十分、いやむしろ、世界中が観光地化し始めているいまこそあちこちの「秘境」に出かけるべきだ、とぼくは思うのです。

 

欲望を作る チェルノブイリ

・今回の取材で印象的だったのは、放射能や原子力への考えはさまざまであるものの、ウクライナ人たちがひとつ同じ主張をしていたことでした。それは、チェルノブイリ原発事故の記憶は風化しつつあり、風化を食い止めることができるのであれば、きっかけはゲームでも映画でもかまわない、観光客の訪問も賛成だということです。

・(前略)ぼくはメインデザイナーのアナトーリ・ハイダマカ氏に、この展示方法は適切なのだろうかと尋ねてみました。すると彼は、展示にはむしろ主観的な感情が入っているべきだと答えるのです。ハイダマカ氏は広島の平和記念資料館も訪れたらしいのですが、感情抜きの客観的な展示だけでは、出来事の記憶は伝わらないと言います。

・どんなに客観的な情報を並べても、だれも見てくれないのであれば意味がない。情報の提示だけでなく感情の操作も必要だ、というのがチェルノブイリ博物館の思想なわけです。これは本書のテーマと深く関係しています。

・普通の市民が関心をもち、アクセスするようになって、はじめて本当の情報公開なのではないか。これからの情報公開は、単に情報にアクセスできるようにするだけではなく、「アクセスしたいと思わせる」ことも必要だということです。ぼくが福島第一原発観光地化計画で、「観光」という強い言葉を選んでいるのも、まずは関心をもってもらうためです。

・身体を一定時間非日常のなかに「拘束」すること。そして新しい欲望が芽生えるのをゆっくりと待つこと。これこそが旅の目的であり、別に目的地にある「情報」はなんでもいい。

・時間をかけて目的地を回るその道中で、じっくりものを考え、思考を深めることができる。観光=巡礼はその時間を確保するためにある。旅先で新しい情報に出会う必要はありません。出会うべきは新しい欲望なのです。

・情報はいくらでも複製できるけど、時間は複製できない。欲望も複製できない。情報が無限にストック可能で、世界中どこからでもアクセスできるようになったいま、複製不可能なものは旅しかないのです。

・人間は高い記号処理能力をもっています。だから解釈に解釈を重ねて、すべてをメタ解釈の争いにもっていくことができます。

 

哀れみを感じる 韓国

・人間は高い記号処理能力をもっています。だから解釈に解釈を重ねて、すべてをメタ解釈の争いにもっていくことができます。

・(前略)だからぼくは日韓関係については、もはや正しい歴史認識を共有すべきではなく、むしろ「歴史認識を共有できないという認識を共有すべき」だと考えています。従軍慰安婦問題に限らず、さまざまな事件について、韓国には韓国の、日本には日本の言い分があって、それぞれの国で過激な主張がある。そこであるひとつの「正しい」歴史認識を強引に共有しようとしたら、下手をすると戦争になる。むろん、真実はひとつです。けれども言葉ではそこには到達できない。だとすれば、「真実を探さない」ことが合理的であることもありえます。

・ぼくはさきほど、「個人としてわかりあえること」と「国民としてわかりあえないこと」の解離について述べました。「国民としてわかりあえないこと」よりも「個人としてわかりあえること」を優先して、制度設計するほうが賢いと思うのです。

・ぼくたちは、検索を駆使することで無限の情報から無限の物語を引き出すことができる時代に生きています。だからこそ、ひとりひとりが、物語と現実の関係について自覚的でなければなりません。情報だけの世界に生きていると、乱立する物語のなかで現実を見失ってしまいます。新しいモノに出会い、新しい検索ワードを手に入れることで、言葉の環境をたえず更新しなければいけないのです。

・ルソーは、人間は本来は孤立して生きるべきなのに、他人の苦しみをまえにすると「憐れみ」を抱いてしまうので、群れを作り、社会を作ってしまうと説くのです。つまり彼は、社会契約の根拠は合理的な判断にではなく、むしろ動物的な感情にあると述べているのですね。これはとても独創的で、そして射程の長い思想だと思います。  ぼくが「物理的な実在」の力をふたたび考慮すべきだというのは、この「憐れみ」の重要性を考えなおそうということでもあります。

・ルソーの言う「憐れみ」は、人権とか正義とかいった理念とは関係のないものです。むしろとても動物的で反射的なもの。目のまえでひとが血を流していたら思わず手を差し伸べてしまう、きわめて日常的な感覚です。

・ひとは国民であるまえに個人であり、国民と国民は言葉を介してすれちがうことしかできないけれど、個人と個人は「憐れみ」で弱く繋がることができる。そこにこそ、二一世紀のグローバル社会の希望があると考えています。

・人間は思想は共有できない。モノしか共有できない。だから新しいモノに触れるため、旅に出よう。本書の主題は、こんなふうに哲学と結びついています。

・人間は、目のまえでひとが血を流していたら思わず手を差し伸べてしまうし、目のまえで異性(あるいは同性)に誘惑されれば思わず同衾してしまう、そういう弱い生き物であり、だからこそ自分の限界を超えることができる。人間は弱い。欲望をコントロールできない。ときに愚かな行動もとる。しかしだからこそ社会を作ることができる。旅に出るとは、そういう愚かな可能性に身を曝すということでもあるのです。

 

コピーを恐れない バンコク

・(前略)そしてそもそもよく考えてみると、重要なのは、模倣できないオリジナルの部分ではなく、むしろ世界のどこででも通用するコピー可能な部分のはずです。だからアジアの都市を並べてみると、どの部分がそれぞれの国のローカルな部分で、どの部分がどこででも通用するグローバルな部分なのかがよくわかります。台北に行きバンコクに行き東京に戻ってくると、同じショッピングモールでも同じところと違うところがわかり、グローバル化の意味を素直に考えることができます。

・本書は検索と観光をテーマにしています。検索がグーグルをプラットフォームとしているように、観光はグローバル化をプラットフォームとしています。世界中に同じようなホテル、同じようなモール、同じようなチェーン店があるからこそ、ぼくたちは安心して観光ができます。ひとはそれをコピーだらけの旅だと批判するかもしれません。しかしそれは偶然や出会いがないことは意味しません。検索が、検索ワードの入力によってそれぞれまったく異なる顔を見せるように、観光も、ツーリストの行動によってそれぞれまったく異なる顔を見せるからです。世界中が均質な時代になったからこそ、その均質さを利用してあちこちに行って、さまざまなひとに出会い、「憐れみ」のネットワークを張り巡らせるべきだと思います。

 

老いに抵抗する 東京

・ぼくがここまで述べてきたのは、ひとことで言えば、身体こそが記号の「限界」を定めるということです。だれでも似た経験をしたことがあると思いますが、長い仕事をしているとき、最終的に終わりを決めるのは体力です。もっと時間や手間をかければよくなる、けれども目や手が限界だからここで仕事を止める、みなそういう経験をしているはずです。

・強い絆は計画性の世界です。

・他方で弱い絆は偶発性の世界です。

・本書で「新しい検索ワードを探せ」という表現で繰り返しているのは、要は「統計的な最適とか考えないで偶然に身を曝せ」というメッセージです。

・偶然でやってきたひとりの「この娘」を愛すること。その「弱さ」こそが強い絆よりも強いものだと気づいたとき、ぼくは、ネットで情報を収集し続ける批評家であることをやめて、旅に出るようになったのでした。

 

ボーナストラック 観光客の五つの心得

1.無責任を恐れない。

・ぼくが推奨するのはむしろ観光客でいることです。所属するコミュニティがたくさんあるのはいいことです。ただ、そのすべてにきちんと人格を合わせる必要はない。話も全部は理解する必要はない。一種の観光客、「お客さん」になって、複数のコミュニティを適度な距離を保ちつつ渡り歩いていくのが、もっとも賢い生きかただと思います。言い換えれば、あるていど無責任になろうということ。

2.偶然に身をゆだねる。

・ネットは人々の所属を固定化します。ネットに依存していると、自分の似姿ばかりに囲まれて、弱い絆を掴む機会を失い、人生を豊かにする機会を失う。対抗するには、リアルで予想外のことをするほかありません。

・偶然に身をゆだねる。そのことで情報の固定化を乗り越える。

3.成功とか失敗とか考えない。

・人生はいちどきり。何度も繰り返せるわけじゃない。だから統計には惑わされず、偶然の連鎖を肯定し、悔いなく生きようというのがぼくのメッセージです。

・とき、がちがちに計画を作っていると、逆に新しい可能性に対応できません。むしろ重要なのは、新たな局面が訪れたときに、それまでやってきたことにこだわらず、未来に向かって頭を切り換えることができる柔軟性だと思います。

4.ネットには接続しておく。

・旅先で新しい検索ワードを手に入れたとき、そこですぐ検索できることが意外と重要です。日本に帰ってからあらためて調べようなどと考えても、調べるはずがない。旅先ではいつもの自分ではなくなります。その「ちょっと違った自分」を日本では回復できない。現地では思いついたことをどんどん検索し、その場で見聞を拡げていきましょう。

5.しかし無視する。

・ぼくたちはいま、ネットのおかげで、断ち切ったはずのものにいつまでも付きまとわれるようになっている。強い絆をどんどん強くするネットは、ぼくたちをそのなかに閉じ込める機能も果たす。旅はその絆を切断するチャンスです。

・ネットには接続するけれど、人間関係は切断する。グーグルには接続するけれど、ソーシャルネットワークサービスは切断する。それは、ネットを、強い絆をさらに強める場ではなく、弱い絆がランダムに発生する場に生まれ変わらせるということでもあります。

 

おわりに 旅とイメージ

現実を知る。
でもそれは記号を離れることではありません。
現実に戻ることではありません。
戻る現実などはありません。
わたしたちは記号しか知らない。
だから記号を旅するためにこそ、現実を旅する。
コピーを豊かにするためにこそ、オリジナルを知る。
強い絆をより強くするためにこそ、弱い絆に身を曝す。

弱いつながり 検索ワードを探す旅より)

 

読んでいて、まず印象的だったことは、「ネットでは自分が見たいと思っているものしか見ることができないからです。そしてまた、みな自分が書きたいと思うものしかネットに書かないからです。」「言葉にならないものを言葉にしようと努力すること」よいう部分です。

当然のことですが、ネットに存在する情報というのは、まずネットに何かを書き込む人という部分でフィルタリングされています。そして基本的にその人のソーシャルメディアの繋がり、その人の思い浮かぶ検索ワードの中でしか、ネット上の情報に出会うことはありません。

ネットの情報のフィルタリングというのはどうしようもないことですが、ネット上の情報への出会いを変えるために、新たな情報への欲望を生むために、旅に出ようということです。

 

以前人を作るのは環境だ! じゃあどういい環境を作っていく? | 新卒でプロブロガーを目指すブログ!という記事で、ネット環境を良くすることで、自分の環境を良くしていったということを書きましたが、自分はネットの環境は何か意志があれば変えられるのかなって思っていたのですが、もしかしたらそう上手くいくものではないのかもしれません。

本書に合わせて改めて書くと、ソーシャルメディア環境を整備していい情報が入ってくるようにすると、いい検索ワードが生まれやすくなってくるのかなとは思っていました。特にTwitterは新しいアカウントを作って、フォローする人を変えるというのは簡単にできますし、Facebookもページへのいいねを増やしたり、色々な人をフィードをフォローすることで、タイムラインの情報は大きく変えられます。

ただ、そこでの入ってくるようになる情報というのは、今までの自分に大きく規定されますし、そこに偶然性はありませんので、新たな欲求を得るというほどのものにはならないのかもしれません。

 

また、佐々木俊尚さん自分でつくるセーフティネット~生存戦略としてのIT入門~も、内容はまったく違いますが、弱い繋がりという内容の共通点があります。

・きずなでつながった仲間だけじゃなく、弱いつながりもたくさん持っていたほうがいい。それがこれからの生存戦略なんだ、ってことを書いてきました。

・弱いつながりをネットの力も借りてつくっていって、ちゃんとメンテナンスしていく。それがね、これからのリストラ社会を生き延びるために必要な知恵であり技術である、ということ。何度も言いますが、これこそが新しい「情の世界」であり、新しいセーフティネットになっていくということなんですよ。

自分でつくるセーフティネット~生存戦略としてのIT入門~より)

 

弱い繋がりは偶発性をもたらすし、セーフティーネットにもなるということです。

 

自分は国内の観光は数カ所しましたが、海外へ行ったことがまだありませんので、海外に行ってみるということを通して、新たな欲求に出会うようにしていきたいと強く思いました。

非常に学びになる内容で、いい本だったのですが、哲学的でもあり、とても書評を書くのが難しい本でした。

色々な人が書評を書いているので、色々な角度から見るともっと面白いです!

 

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