ぼくらの本当の意味 家入一真さんの目指す社会とは? 「ぼくらの未来のつくり方」

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都知事選を終えて、新たに出した新刊である家入一真さんぼくらの未来のつくりかた (YOUR BOOKS 01)を読みました。

選挙を経て感じたこと、これから作っていきたい社会について、これからインターネッ党として家入一真として何を行っていくかということがわかる一冊です。

家入さんの本を読むのは二冊目であり、メルマガ・Twitterなども見ていて、常にアップデートされている感覚がよくわかり非常に面白かったです。

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選挙に出てみてわかったこと

ネット選挙でチャレンジしたこと

・選挙の仕組みにはおかしなことが多い。ただ、それで得する人たちがいる限り、放っておいてもそれは変わらない。「だったら、ネットの力を使って、自分たちで仕組みを作ってしまえ!」というのが、僕がチャレンジしたことの一つだ。
①選挙資金をクラウドファンディングで集める
②ネットを駆使して新しい選挙活動の可能性を追求する
③みんなから制作を集め、本当の民意を抽出する

・事務所開きのとき、ぼくはこんなことを言った。「この場を、とにかくみんながお互いを認め合う場にしたい。2週間も同じ場所にギュッといると、いろいろな意見の違いやネガティブな感情も生まれるかもしれない。そんなとき、対話や議論の場は必要だけど、感情に任せて他人や自分を傷つけるようなことはしないで下さい。自分とは違う人間を認めて、それができる自分のことも素敵だと思って下さい。それができる場所が僕の言う”居場所”です」と。みんなのおかげで、ぼくの事務所=通称”家入キャンプ”を、誰もがお互いを認め合える優しい場所にすることができたんじゃないかなと思っている。

 

みんなの居場所を作りたい

ずっと居場所が欲しかった

・ぼくのこれまでの活動ービジネスや非営利の活動を問わずーの根底にあるものは、常に「みんなの居場所を作りたい」という思いだった。

・ぼくは自分のことを「プラットフォーム(場)を作る人」だと思っている。場を作って、その上でいろんな人が動いたり、つながったりするのを見ていたいのだ。

「おかえり」と言ってもらえる場所

・最近は「おかえり」という言葉がとてもうれしくて、「ああ、誰かに”おかえり”と言ってもらえる場所が居場所だってことなのかな」と思ったりしている。

・ぼくはこれまで「自分の状況がいやなら逃げろ!」と言って来たし、そういうことを書いてもきた。どこかで「生きにくい」と思っている人たちに、この世には別の居場所・別の世界があるという可能性を示したかったのだ。「今所属している集団や組織が世界のすべてで、そこから外れてはいけないんじゃないか」というような強迫観念で自分をしばりつけてしまって、それに息苦しさを感じている人がいるのなら、「そうじゃない」ということを伝えたかった。

・ぼくが外へ外へと飛び出し、新しい場所を作っていくのを見て、「この世に、生きる場所はいくつでもある」ということを感じてもらえれば、それでいい。僕や他の誰かが作った居場所に集まるのも、自分で自分の居場所を作るのも、すべて自由なのだ。

炎上なんてもうしない

・これからの時代は物語の一部になるのではなく、個人個人が時運の頭で考えて行動する主体であった方がいいし、それが震災以降の、それぞれの新しい「居場所」になっていくはずだーぼくはそう思って、「新しい生き方、働き方」を発信するようなツイートを繰り返し始めた。時代のムードからそれを強烈に共感してくれる人も多く、若い人たちのフォロワーも、その時期飛躍的に増えた。

・その一方で、ぼくの発信する内容での反発の声も増えて来た。その内容は大きく2種類に分かれていて、一つは「何が『自由に生きる』だ。頑張って働け」という声や「若いうちは苦労するのが当たり前だ。甘やかすな」という趣旨のもの。そういった弱者を切り捨てるような自己責任論を社会に振りかざしてきた結果として、居場所をなくした人がたくさんいるというのに。
もう一つは「その仕組みで日本中の若者が救えるのか?そんなの偽善だ」というもの。そう言われても、ぼくは神様じゃない。ぼくの力ですべての人が救えるなんて、最初から思っていない。だけど、かつてのぼくと同じように居場所をなくした人たちが頼ってきてくれたのだから、それさえも切り捨てるようなことはしたくなかった。

・studygiftに関しては今でもすごくいいコンセプトだと思っているし、不手際やシステムの甘さとして指摘されたん部分は甘んじて受けるとして(現在、申請や掲載のプロセスはかなりかっちりとしたものに改善している)その他の私的の中でぼくが気になったのは「教育に関わるような重要な問題に、あんなにカジュアルに手を出すべきではない」というものだった。(中略)「シリアスな問題は限られた人しか議論してはならない」というようなムードは、硬直しか生まないと思っている。どこかで聞いたことがある話だけど・・・。たぶんこれって、、政治も同じことなんだよね。

 

「ぼくら」って誰のこと?

・僕が提唱した「ぼくら」とは、この社会の問題に対して当事者意識を抱き、積極的に関わっていこうという意志を持つすべての人、という意味だ。ぼくも含めて誰もがこの時代に生きる当事者である以上、社会をよりよい方向に変えていくのはみんなの仕事であるはずで、それを誰かに任せっきりにしてはいけないと思う。そこには男女の別も、ましてや年代の別もない。すべての人々を「当事者化」するための言葉として、「ぼくら」という言葉を使ったつもりだ。

・誰もがこの社会の主人公であるべきだと思っている以上、ぼくと行動を共にする/しないとかぼくが何を言っているかに関係なく、みんなが自分自身尾価値観や問題意識に基づいて動けるのならそれに超したことはないと僕は思う。

・「『ぼくら』って誰?」なんて言っている人も、その人なりの問題意識を持って日々行動してくれればいい。異論があるなら、むしろ一緒にやろうよ、と思う。あらゆる考え方の人が集まって、コミュニケーションを重ねながら社会をよりよくしていけばいいじゃないか。

・「お年寄りと繋がろうプロジェクト」は、お年寄りたちがたとえばSkypeで孫や友達と話せたろSNSで人とコミュニケーションをとったりするところから始まって、より実践的な社会参加をしていくきっかけが作れたらと思ってスタートしたものだ。

・ぼくのいう「ぼくら」はあくまでもオープンなもので、中心にぼくがいなければならないわけでもない。この社会をより魅力的な、より誰もが参加するに足るものにしていくために設定した、オープンな場所なのだ。

・「ぼくら」という言葉への批判や疑問は大別すると2種類。まず、社会活動とか福祉の一戦でずっとやって来た人たちからの私的は、多いに参考になるものが多かった。「家入さんのいっていることは甘いよ」とか「そのやり方はちょっと違うんじゃないか」など、個々のディティールを大事にしながらアドバイスをくれるのだ。それならばと、ぼくは「じゃあ、どうしたらいいと思いますか?」と、具体的に話を掘り下げることができた。一方で、そういう現場を持たない評論家みたいなの人たちもいて、彼らの場合は目的が「議論」そのものになるケースが多い。

・ぼくに影響力はあっても、ついて来られない人間を振り落としてでも目標に向かって猪突猛進するような突破力はない。振り落とされる側ーかつては自分もそうだった側の人の気持ちがわかってしまうから。それを「想像力」と言い換えてもいいだろう。そんな僕だから優しい場所にしたいし、たくさんの「ぼくら」と一緒にそれを一つひとつ実現できると思っている。あなたも、ぜひそこに参加して欲しい。いつでも連絡待っています。

 

この社会に足りないもの

・「若い世代の意見には価値がある」と思わせるためには、まずは自分たちの声を上げて、それを投票というアクションに結びつけることが大切だ。さらにそれ以上に大事なことは、声を上げる前に一人ひとりが「自分の頭で考える」ことだと思う。

・この世はとにかく、右や左、白や黒で割り切れないものだ。ぼくは誰かに石を投げる前に、自分がその相手だったら・・・・と考えて立ち止まりたい。

・僕が行った選挙手法は、ぜひ、次回以降の選挙でみんなが使ってくれればいいと思う。というか、そうじゃなければこれを作った意味がない。いつでも提供しますので、どうぞお声がけを。

・多くの政治家が「丸パクリ」をして、もっと多様な声を聞くようになってくれれば、ぼくが「#ぼくらの政策」を実施した意義はあると思う。

・ぼくは自身がひきこもりだった経験上、精神的に弱い子には「本当に頑張れないとき」が必ずあると分かっている。そういうときに「逃げてもいいかな」と思えるようなゆとり、そしてその行き先が、この社会には足りない。

・日本ではずっと、「居場所」は何か高いところにある大きいものーそれこそ国とか企業といったーから与えられるものだというイメージがあったように思う。学校であれ職場であれ、そうだ。その中に収まりきれない人たちの居場所は用意されていなかった。そうした社会のすき間に、ぼくらは新たな居場所を作らなければならない。

・ぼくが「民間でもやればいい」と言うと「市場原理主義、新自由主義だ!」なんて言われたりもするけど、これはそういうイデオロギーの話じゃない。行政だけじゃまかなえなくなっている現状が実際にあるんだから、民間と行政がそれぞれのできることを一緒にやるべきだと思う。

・なんでも標準かさせたがるこの社会には、そこから「外れた」人への寛容さが本当に足りない。

・「一億総中流」というメインシステムの崩壊が徐々に明らかになり、誰もが違う価値観を持ってたような生き方を選んでいる今、もっともっとみんなが「自分と違う誰か」に対するリスペクトを持ち、それを受け入れるべきじゃないだろうか。

・ぼくはやっぱり、「多様性」というキーワードがものすごく大事だと思う。日本にやってくる外国人も含めて、社会的マイノリティ、つまり、それこそ前回のオリンピックを頂点とした高度経済成長期に「標準化」された社会の枠組みの中で居場所を見出せなかった人たちも、豊かな気持ちでいられる街になっていれればいい。

・これまで出してきた本やツイートの中で、僕は「常識を疑え」とか「逃げてもいいんだよ」と、啓蒙というか自己啓発めいた言葉も発信してきた。もちろんその根底にある思いは変わらないけど、選挙を経て、僕の中でその意味合いはだいぶ変わった。「ぼくたちは自由であるべきだ。これまでの価値観なんか気にすんな!飛び出してしまえ!」と煽るだけではいけない。一方で実際に飛び出そうとする人たちの受け皿というか、行き先を示してあげないと説得力がないんじゃないかと思うようになったのだ。用は、ふたつでひとつ。車の車輪みたいなものだ。

 

すべての壁を無効にしたい

・ここからはぼくがこれからやろうとしていることをいくつか紹介していきたい。まずは新しい会社をふたつ作る。

・ひとつめは、その名も「やさしいかくめい株式会社」。ぼくがこれまでの活動や選挙の中で訴えかけてきた、「誰も傷つけず、みんなに居場所がある社会づくり」ということを一言で表すと、「やさしい革命」になると思っている。争わず、血も涙も流さず、誰も置き去りにしない。そういう風に、やさしく社会をアップデートする。この会社はそんな「やさしい革命」を「ビジネスとして」実行に移していくための組織だ。この会社のキーワードは3つ。「つながり」「居場所」「仕組み」だ。少し付け加えると、人と人とのつながりを増やし、みんなの居場所を作り、その仕組みを通じて社会をもっとよくしていきたい・・・ということ。(中略)今はまだいくつかのプランを計画している段階だけど、一つだけ明確なのは「ビジネスとして継続可能なものを作る」ということ。やはり「経済的な活動をベースを作る」ということはとても大事なことだからだ。(中略)みんなが共感してくれたものーぼくの思いとか考え方ーを大事にしつつ。それを継続的・発展的なおのにしていくには、やはりビジネスとして成立させることが、ぼくなりのひとつの回答なんじゃないかと思っている。ビジネスになれば、志を同じくして協力してくれる人たちに、お金や何らかのインセンティブの形で還元してあげられる。そのプラットフォームとして、この会社「やさしいかくめい」を作ったのだ。

・ふたつめの会社は、投資会社。といっても、ただ利潤を追求してかんでもかんでも投機を繰り返す会社にしたいわけじゃない。「喜び」「幸せ」といった、数値化できない、精神的な価値を追求するビジネスに投資するのだ。それは、今の日本にとって大事なものだと思う。

・このふたつを核に新ビジネスを進めながら、そこで得た利益を再分配する方法論を作る。これは単なるビジネスモデルの問題ではなく、思想的にも大きなチャレンジだ。なぜなら、これは「資本主義の土俵に乗っかりながら、これまで資本主義は見捨ててきたものをマーケットにしてみせる」ということだからだ。

・またLivertyと「リバ邸」はこれまで任意団体として活動していたけど、これをNPO化する。

・都知事戦中には、政治団体「インターネッ党」も立ち上げた。当初、前述した「120の政策」の実行に向けて動く団体と位置づけていたけど、わざわざ政治家にならなくても民間ですぐできることはあるという考えになってきた今、インターネッ党では2つのアプローチで政治そのものの未来像を示していきたいと思っている。

・まず、若者向けのメディアをつくる。政治を遠いものだと思っている人たちに、もっと関心を持ってもらうための情報を発信したい。

・そして、ネット選挙の「あるべき姿」を、実際のプレイヤーとともに考えていく母体にもしたい。

 

「思い込み」の壁を飛び越えて

・この社会に存在する壁と言えば、お金だってそうかもしれない。「お金がなければ○○できない」という状況がこの世の中にはいくらでもあるけど、それは絶対的な真実なのだろうか。それを逆転する手段(もちろん合法的なものに限るけど)はたくさんあったほうが、社会の可能性はうんと広がるんじゃないだろうか。

・この社会では多くの人が自分のことで精一杯で、「自分があの状況だったら」という想像力を持てずにいる。なぜそこまでの事態になったのかに思い致すことなく、鉄板のような「べき論」に押しつぶされながら、自分以外の誰かを攻撃している。

・政治、学び、思想、世代、お金。この世のあらゆることに対してみんなが無条件に抱いている「べき論」や「常識」は、果たして本当に絶対の心理なのか?ぼくは、いつでもそういうもの対する問いを投げかけ続けてきた。

 

ぼくらの未来の作り方

・本のタイトルにしておいてこんなことを言うのもなんだけど、「未来のつくりかた」なんてわかるわけがない。正確に言うと、未来をつくる確実なマニュアルなんでない。「こんなふうになったらいいな」という未来のためにこの本を書いてきたけど、その設計図なんでない。ただ、この国の未来を自分の気持ちいいものにしたいし、自分が気持ちいい未来を、自分の大切な人にも気持ちいいと思って欲しい。それが「居場所」ということなんだと思う。

・ぼくの友人で哲学者でもある苫野一徳さんは、「何かやりたいけど、何をすればいいかわからないんです」と相談を受けたら「とりあえず台所を磨きなさい」と言うそうだ。つまり、目の前にあることを無心にやっているうちに、何かがきっかけとなって次が見えてくるかもしれないということ。

・今すぐに世界を変える必要なんでない。一人ひとりが自分の目の前にある半径数メートルの空間を認めて受け入れ、それを心地いいものにしていければ、そのささいな積み重ねが、いつしか未来になっていく。

 

 

家入さんの作っていきたい社会に対して、とても共感できる内容でした。

居場所・逃げることができる場所・自分の頭で考える・多様性を受け入れるそれぞれのワードが自分がこれからの社会で必要だなと思っていることとマッチして、共感することができました。

 

練馬・中野区長選については候補者と会ったりとぎりぎりまで動いたのですが、擁立・応援までは至りませんでした。諸々含めて公式に発表するのでお待ちください!

— 家入一真 (@hbkr) June 9, 2014

インターネッ党の最初の選挙になる予定だった中野区長選で候補者擁立をすることができなかったようですが、これからも活動を応援していきたいです!

 

 

家入さん関連情報はこちら。

Twitter:家入一真さん
FBページ:家入一真
FB個人:家入 一真
選挙ページ:家入かずま (東京都知事選立候補者) – 2.9(日) 東京都知事選挙「家入かずま」に賭けてください。小さな一票を集めて、ぼくらの声で政治を動かそう。#ぼくらの政策 #渋谷ハック #都知事選
インターネッ党:新東京計画始動 | インターネッ党

 

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