「黒子のバスケ脅迫事件」から見る貧困問題

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またイケハヤ書店「黒子のバスケ脅迫事件」の被告人の意見陳述がすごい内容 : イケハヤ書店より。

 

 

まずは元記事のリンクです。

「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開1(篠田博之) – 個人 – Yahoo!ニュース

「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開2(篠田博之) – 個人 – Yahoo!ニュース

 

また事件の概要はこちらを参照ください。

黒子のバスケ脅迫事件: ASKAの事件簿

黒子のバスケ脅迫事件その2(容疑者逮捕): ASKAの事件簿

 

 

まずは意見陳述を要約です。

・「黒子のバスケ」脅迫事件の犯人の渡邊博史と申します。このたびは意見陳述の機会を与えて頂けましたことに心から謝意を表させて頂きます。起訴されてない事案も含めまして「黒子のバスケ」脅迫事件とされる一連の威力業務妨害事件は全て自分が一人でやりました。全ての責任は自分にあります。そして、どのような判決が下されようとも、それを受け入れて控訴しないことと、実刑判決を受けて服役する場合には、仮釈放を申請せずに刑期満了まで服役することをこの場で宣言を致します。

・動機について申し上げます。一連の事件を起こす以前から、自分の人生は汚くて醜くて無惨であると感じていました。それは挽回の可能性が全くないとも認識していました。そして自殺という手段をもって社会から退場したいと思っていました。痛みに苦しむ回復の見込みのない病人を苦痛から解放させるために死なせることを安楽死と言います。自分に当てはめますと、人生の駄目さに苦しみ挽回する見込みのない負け組の底辺が、苦痛から解放されたくて自殺しようとしていたというのが、適切な説明かと思います。自分はこれを「社会的安楽死」と命名していました。
ですから、黙って自分一人で勝手に自殺しておくべきだったのです。その決行を考えている時期に供述調書にある自分が「手に入れたくて手に入れられなかったもの」を全て持っている「黒子のバスケ」の作者の藤巻忠俊氏のことを知り、人生があまりに違い過ぎると愕然とし、この巨大な相手にせめてもの一太刀を浴びせてやりたいと思ってしまったのです。自分はこの事件の犯罪類型を「人生格差犯罪」と命名していました。

・自分の人生と犯行動機を身も蓋もなく客観的に表現しますと「10代20代をろくに努力もせず怠けて過ごして生きて来たバカが、30代にして『人生オワタ』状態になっていることに気がついて発狂し、自身のコンプレックスをくすぐる成功者を発見して、妬みから自殺の道連れにしてやろうと浅はかな考えから暴れた」ということになります。これで間違いありません。実に噴飯ものの動機なのです。
しかし自分の主観ではそれは違うのです。以前、刑務所での服役を体験した元政治家の獄中体験記を読みました。その中に身体障害者の受刑者仲間から「俺たち障害者はね、生まれたときから罰を受けているようなもんなんだよ」と言われたという記述があります。自分には身体障害者の苦悩は想像もつきません。しかし「生まれたときから罰を受けている」という感覚はとてもよく分かるのです。自分としてはその罰として誰かを愛することも、努力することも、好きなものを好きになることも、自由に生きることも、自立して生きることも許されなかったという感覚なのです。自分は犯行の最中に何度も「燃え尽きるまでやろう」と自分に向かって言って、自分を鼓舞していました。その罰によって30代半ばという年齢になるまで何事にも燃え尽きることさえ許されなかったという意識でした。人生で初めて燃えるほどに頑張れたのが一連の事件だったのです。自分は人生の行き詰まりがいよいよ明確化した年齢になって、自分に対して理不尽な罰を科した「何か」に復讐を遂げて、その後に自分の人生を終わらせたいと無意識に考えていたのです。ただ「何か」の正体が見当もつかず、仕方なく自殺だけをしようと考えていた時に、その「何か」の代わりになるものが見つかってしまったのです。それが「黒子のバスケ」の作者の藤巻氏だったのです。ですから厳密には「自分が欲しかったもの」云々の話は、藤巻氏を標的として定めるきっかけにはなりましたが、動機の全てかと言われると違うのです。

・自分としては、犯罪によって一生をかけても払いきれない損害を生じさせたら、それはもう首を吊るしかないと考えております。実刑判決を受けて刑務所での服役を終えて出所して、できるだけ人に迷惑をかけない方法で自殺します。また自分の死が広く伝わるような手段も取ります。やはり「犯人が死んだ」という事実は、自分が起こした犯罪によって迷惑を被った方々に対して一定の溜飲を下げさせる効果はあるでしょうし、何より再犯がないと安心して頂けると思うのです。自分にはこのようにして「感情の手当」を行うしか責任を取ることができません。ただ同時に、自分の命の価値など絶無であって、自分の死も大して意味がないことも充分に理解しております。

・取り調べで刑事さんや検事さんから「社会復帰」という言葉が出て来たことがあります。自分は先ほど申し上げました通りに刑務所から出所後にすぐ自殺しますので、社会復帰はしません。犯罪は程度の差こそあれ社会に迷惑をかけるものです。その迷惑が限度を超えた犯罪者を社会から永久追放するために無期懲役が、世の中から追放するために死刑が刑罰として存在します。自分は結果としては大した罪にはなりませんでした。しかし、明らかに社会の許容限度を超えた事件を起こしたと認識しています。職業窃盗犯の更生とは意味が違うのです。自分みたいなのが社会復帰しては絶対にいけませんし、それを許す甘い社会であってはならないと思います。取り調べで刑事さんから冗談めかして、「出所したら物書きにでもなったら? 喪服の死神の前歴を生かすならそれしかないよ」と言われました。自分は「冗談じゃない! 自分はもう物を言ったり書いたりする資格のない人間なんだよ」と叫びたくなりましたが、黙っていました。

・自分は「黒子のバスケ」の単行本を店頭から撤去した書店に対する脅迫事件では立件されない可能性が高いと聞きました。これはおかしいと思います。撤去した書店が立件に消極的で被害届の提出を拒んでいるとも聞きました。単行本の撤去は日本の出版の歴史に残る事件だと思います。絶対に公判の俎上に載せるべきだと考えます。検察には是非とも立件に積極的になって頂きたいと思います。

・いわゆる「負け組」に属する人間が、成功者に対する妬みを動機に犯罪に走るという類型の事件は、ひょっとしたら今後の日本で頻発するかもしれません。グローバル経済体制の拡大により、一億総中流の意識が崩壊し、国民の間の格差が明確化して久しい昨今です。日本は東西冷戦下の高度成長期のようなケインズ型の経済政策を採用する体制にはもう戻れないでしょう。格差が開こうとも底辺がネトウヨ化しようとも、ネオリベ的な経済・社会政策は次々と施行されるのです。現在の刑事裁判で最も悪質な動機とされるのは利欲目的です。自分と致しましては、この裁判で検察に「成功者の足を引っ張ろうという動機は利欲目的と同等かそれ以上に悪質」という論理を用いて、自分を断罪して頂きたいのです。そして裁判所には判決でそれを全面的に支持して頂きたいのです。「不幸の道連れという動機は利欲目的と同等かそれ以上に悪質」という判例を作って頂いて、それを法曹界で合意形成して頂きたいのです。「国策捜査」という言葉がありますが、せっかくですから、この事件の判決を「国策判決」として利用して頂きたいのです。俗っぽい言い方をすれば、自分のような汚い顔のキモブサメンが成功したイケメンの足を引っ張ってはいけないのです。これからの日本社会のためにも「不幸の道連れ型犯罪は絶対に許さない」という司法の意志を判決で表明して下さい。せめて社会に役に立つような形で自分は罰されたいのです。そうでないと自分は心穏やかに刑務所で服役できませんし、出所後に心安らかに首も吊れません。

・自分の人間関係は逮捕前より充実しています。食事も砂糖・塩・油脂が控えめなとてもヘルシーなものを三食きちんと頂いております。自分が三食まともに食べる生活をするのは20年ぶりくらいです。

・刑務所での服役も全く恐くありません。少なくとも娑婆よりは、人生の格差を自分に突きつけて来る存在に出会うことはないでしょう。いじめがあっても刑務官さんたちは、自分の両親や小学校の担任教師よりはきちんと対応して下さるでしょう。刑務所の生活には自由や尊厳がないと言いますが、自分には、それは娑婆でも同じことですから、何も恐くありません。また今回の逮捕を巡る報道により、自分は全ての日本人から見下される存在になり果てましたが、自分の主観では、それは逮捕前も同じで、それが単に顕在化したに過ぎませんから、特に改めて苦痛を感じません。

・(前略)。ただ自分は自己憐憫に陥ってはいません。むしろ無用な人間関係がないことを清々しいとすら思っています。自分の帰りを待つ人も誰もいませんので、気楽で気楽で仕方がありません。

 

 

要約しましたが、こういっては何ですが凄いいい文章だと思いますし、この人の行為はどうであれとても共感する文章でしたので、ほとんど要約することが出来ませんでした。(たぶん6割以上はそのままです。)

まず印象的だったワードはこれらです。

まず「社会的安楽死」「人生格差犯罪」の二つのワードです。そして以下のものです。

・いわゆる「負け組」に属する人間が、成功者に対する妬みを動機に犯罪に走るという類型の事件は、ひょっとしたら今後の日本で頻発するかもしれません。

・自分の人間関係は逮捕前より充実しています。食事も砂糖・塩・油脂が控えめなとてもヘルシーなものを三食きちんと頂いております。自分が三食まともに食べる生活をするのは20年ぶりくらいです。

・刑務所での服役も全く恐くありません。少なくとも娑婆よりは、人生の格差を自分に突きつけて来る存在に出会うことはないでしょう。

 

 

今日本は格差が広がっている真っ只中です。

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元データの違いによって、ある程度の差はありますが、概ね格差が広がり、一億層中流社会は崩壊し貧困問題の可視化が進んでいると言えます。

そのためここにもあるいわゆる負け組の人たちが増えてくると言えます。

そして、このいわゆる負け組の人たちが他にも今後このように妬みから犯罪を起こしたり、経済的な要因からも犯罪を犯していくことは可能性として十分にありうることです。

また非正規雇用などでまともに稼ぐことが出来なければ、本当に刑務所に入った方が生活がよくなるという人もいるでしょう。刑務所では人間としての最低限の衣食住は保証されているので。

 

 

今後このような人を生まないために必要なことはやはり「社会に居場所」を作ることだと思います。

居場所がないから、格差をより深刻に感じるし、周りに助けを求めることが出来ないのだと思います。

 

この被告が言っている勝ち組・負け組の大きな違いとして恐らく収入以上に社会的地位というものがあると自分は思います。社会的地位があるということは「社会に居場所」があるということです。

 

これから格差が広がっていく中でも、自分が社会にいてもいいと思える居場所を誰もが持てる社会を作っていくことが今後必要です。

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