障害は人にあるのではなく、社会にあるもの。

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ログミーのIVS関連の記事で、株式会社LITALICO(旧ウィングル)の長谷川敦弥さんが非常に面白い共感することを言っていました。

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働くことにも同じように障害がある。なぜ彼らに障害があるのかということを考えたときに、精神障害の人が安心して楽しく働けるような会社が今の社会にないから障害というものがあるんだと僕は思ったんです。

逆に考えたら、社会の側に、精神障害の方も安心して楽しく働けるような会社がたくさんあったら、働くことの障害というのは少なくともなくしていける。つまり障害というものは、その人にあるのではなくて社会の側にあって社会の側の障害をなくしていくことによって障害のない社会をつくっていけるというふうに考えて就労支援の事業を展開しています。

いまの学校は才能を伸ばすことに向いてない–新卒1年で社長になった男が説く“出る杭を伸ばす”教育論 | ログミー[o_O]より)

 

障害はその人にあるのではなくて、社会がその人を障害者にしているとうことです。

この考え方はすごくなるほどなって思ったのですが、人にはそれぞれ何らかの人と違う部分があります。そのことの重い軽いはもちろんありますが、そこを社会がちゃんと受け入れると個性、社会が受け入れないことが障害とも言えると思います。

 

このことは、精神障害者に限らず言えることです。

無業社会について、無業になるのは自己責任じゃない。 『無業社会 働くことができない若者たちの未来』など色々な記事で書いていますが、このことも社会が無業者を受け入れていないことによるとも言えます。

 

障害に限らずその人の個性を、受け入れることができる、包摂することができる社会がいろんな人にとっていい社会なのかなって思います。

 

 

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