評価経済社会において、多様性を認めることは必須である!

 - 

 -  >

 -  オピニオン

現代社会の一つの大きなキーワードは多様性とか、ダイバーシティーです。

評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っているに多様性と直接的に言い表している部分はないのですが、近いことを書いていたので、多様性について書いてみます。

15325359758 80ce621cb0 z

 

 

自分のために多様性を受け入れる

「自分の気持ち」至上主義

・こうした社会での行動力の源は「自分の気持ち」です。つまり自分の好き嫌い、合う合わない、おもしろい、やってみたいという気持ちなのです。この気持ちがなければ、コーディネートのしようがありません。だからこそ、今の若者のキーワードは「自分の気持ちを大切にしたい」というわけですね。

・自分の気持ちのはっきりしている人は、生き生きと暮らせます。いかにして、合法的に欲しいモノを手に入れるかと同様、いかにして社会の中で平和にワガママを通すかが勝負ともいえます。そのためには、自分のワガママを通す代わりに他人のワガママを認める、という考え方が必要です。自分の財産の権利を認めてもらうためには、他人の財産の権利を認めるという社会的システムが必要なのと同じことです。

評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っているより)

 

この「自分のワガママを通す代わりに他人のワガママを認める、という考え方が必要です。」というのは、まさに多様性を受け入れるということなんだなって思いました。

自分の考えや気持ちを優先するために、他人の考えや気持ち・価値観を尊重しているんです。自分のために他人の多様性を受け入れるということです。

 

このことは、なるほどなって思いました。自分は多様性を受け入れるということをけっこう強く意識しているのですが、それは自分のわがままを通すためにそのようにしているということです。

また自分が受け入れない多様性は一つだけあります。それは多様性を受け入れないという多様性です。

その考えも、このことから考えるとすっきりします。

 

評価経済社会では、このパラダイムがいいか悪いかということは特別論じられていませんでしたが、自分はこの多様性を受け入れることができる社会というのはとてもいい社会だと思います。

・現代社会が行き詰まっているのなら、その社会から排斥された人、アウトサイダーになった人が何を感じ、何を考え、どのように生きようと思っているかを聞いたら、そこに何か新しいものが見えるのではないかという期待があります。

・普通があると思い込んでいて、しかも普通に生きることが正しいと思い込んでしまう。そこから外れた人は規格外だとか落第者だと思い込んでいる人たちのやんでいる感じが、学校に蔓延している気がします。

「助けて」と言える国へ ──人と社会をつなぐ (集英社新書)より)

 

・「一億総中流」というメインシステムの崩壊が徐々に明らかになり、誰もが違う価値観を持ってたような生き方を選んでいる今、もっともっとみんなが「自分と違う誰か」に対するリスペクトを持ち、それを受け入れるべきじゃないだろうか。

・ぼくはやっぱり、「多様性」というキーワードがものすごく大事だと思う。日本にやってくる外国人も含めて、社会的マイノリティ、つまり、それこそ前回のオリンピックを頂点とした高度経済成長期に「標準化」された社会の枠組みの中で居場所を見出せなかった人たちも、豊かな気持ちでいられる街になっていれればいい。

ぼくらの未来のつくりかた (YOUR BOOKS 01)

 

このように、多様性が認められる社会というのは、その人なりの生き方・ライフスタイルや価値観・考え方が認められる、認め合える社会です。

そういう社会はやっぱりすごくいい社会だと思います。

自分のためにも、その人のためにも多様性は認めることができるように意識してみて下さい。

 

 

関連記事・書籍はこちら。

多様性を認めること、そして人を嫌うということ。
傷つけたれた者こそが、我々に救いをもたらしてくれる 『「助けて」と言える国へ』
ぼくらの本当の意味 家入一真さんの目指す社会とは? 「ぼくらの未来のつくり方」

 

 

 

Facebookでシェアする

Twitterでシェアする

はてなブックマークに追加

 更新をチェックする! follow us in feedly

カスタム検索

Popular Post

Copyright© 新卒フリーランサーのブログ!2014 All Rights Reserved.