コンテンツの本質を考える! 「コンテンツの秘密―ぼくがジブリで考えたこと」

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ドワンゴの川上量生さんのコンテンツの秘密―ぼくがジブリで考えたこと (NHK出版新書 458)を読みました。

スタジオ・ジブリのプロデューサー見習いとして2年間カバン持ちなどをした経験、そこで何を考えていたかということをまとめた、スタジオ・ジブリの卒論のような本であり、川上さんの本はいつも色々な示唆に富んでいますが、いつも以上におもしろいです!

 

 

コンテンツの情報量とはなにか?

・クリエイターとは「ある制限のもとでなにかを表現する人」のことです。「ある制限」というのがメディアと紐付いたコンテンツフォーマットであり、表現したものがコンテンツになるのです。

・(前略)コンテンツ(再現)について、(1)メディア(2)対象(3)方法のどれかひとつでも異なれば、別々のコンテンツであると言い切っているのです。メディアが変わるだけでも別のコンテンツだと言っているのです。たとえば、ある映画がテレビで放送されたりDVDで発売されたりすると、それは別のコンテンツだというわけです。 (2)の「対象」とはなにを再現するかということであり、(3)の「方法」とはどうやって再現するかです。

・コンテンツとは現実の模倣=シミュレーションである、というものです。

・(前略)ぼくはこれを「主観的情報量」「客観的情報量」と名付けると、うまく説明できるんじゃないかと思っています。前者は人間の脳が認識している情報の量、後者はアニメの線の数からコンピューターの画素数まで、客観的基準で測れる情報の量ということになります。

・(前略)人間の脳はコンテンツの情報をそのまま理解しているわけではなく、脳に理解しやすい形に変換して理解しているということが分かります。コンテンツとしての情報量と、脳が認識するときの情報量は、やっぱり、そもそも違うのです。この脳が認識する情報量こそが主観的情報量です。コンテンツがリアルだからといって、脳が認識する主観的情報量が多いとは限りません。

・コンテンツには主観的情報と客観的情報という二つの尺度があるとして、主観的情報量は客観的な情報量にかならずしも比例するわけではない。さらに主観的情報量というのは観客がなにを好み、なにを中心にコンテンツを鑑賞するかといった観客の属性や文脈的な状況によって大きく変化する。

クリエイターはなにをアウトプットしているのか?

・現実の情報を圧縮して表現する。それをあらためて現実と比較して、だいたい合っているかどうかを確認する。こういうプロセスは人間の思考としてもありふれていると思うのです。

・ぼくが思うに、クリエイターが創作で苦しむ原因は、生活苦とか世間の無理解とかは別にすると、次の三つだけです。
・脳のなかのイメージを再現する技術的な難しさ
・脳のなかのイメージを見つける難しさ
・自分の脳にはないイメージをつくる難しさ
逆に言うと、この三点を回避すればクリエイターは創作の苦しみから解放されると言えるでしょう。とはいえ、この三点を回避すると、きっと平凡なクリエイターとして競争力を失ってしまうような気もします。

コンテンツのパターンとはなにか?

・一般の消費者のなかでも感度の高い人たちこそ、プロやマニアが軽視しがちなコンテンツの原初的な特徴の「分かりやすさ」を求める傾向があるというのは、真面目に受け止めるべき事実であるようにぼくは思います。

・目や耳が肥えていない一般のユーザーが認識できるコンテンツのパターンは、そもそも少ないのです。コンテンツがとにかくワンパターンになりがちなのは当たり前なのです。それはむしろコンテンツの本質だとぼくは思います。コンテンツとはほうっておくと、どんどんワンパターンになるものなのです。

・コンテンツの多様性を守るためには激しい競争をしてはいけないのです。激しい競争といえば、お金が儲かるということで、今ものすごい数のコンテンツがつくられているソーシャルゲームも、そのほとんどは同じパターンです。ゲームの構造は同じなのですが、キャラクターや舞台設定を変えて、いかにも違った作品のように見せているわけです。いくらコンテンツが増えてもパターンは同じ。コンテンツの世界で競争が起こるとそうなるのです。

・人間の脳が現実よりも少ない客観的情報をとおして、現実よりも大きな主観的情報を受け取るための媒介物がコンテンツだということです。このモデルにおいては、コンテンツの良し悪しを計る尺度として、次の三つが考えられるでしょう。
・クリエイター視点:自分の脳のイメージをどれだけ正確にユーザーに向けて再現できたか
・メディア視点:どれだけ効率よく、小さな客観的情報量で大きな主観的情報量を伝えられたか
・ユーザー視点:どれだけたくさんの主観的情報を受け取れたか
しかし、この三つの視点だけでは、たくさんあるコンテンツのなかで、どれがヒットしたり、どれが観客の心を打ったりするかという判断はできません。  ユーザーにとってコンテンツの良し悪しは、情報量ではなく、伝えられた情報の中身で決まるものでしょう。  そして情報の中身がどんなものであればいいかというと、やはりユーザーの脳にとって主観的に重要な情報と感じられるかどうかということになると思います。  なにが脳にとって主観的な情報となるかは、人それぞれ異なると思いますが、普遍的に重要な情報があるとすれば、やはりそれは人間の本能的な情動に根ざしたものになるでしょう。  エンターテインメントコンテンツについては、とくに観客の情動をいかに動かすかというのが、その良し悪しを決める決定的な要因なのだと思います。

オリジナリティとはなにか?

・情報の流れとしては、(1)ヴィジョンとしての情報量がコンテンツとして表現されることで(2)客観的情報量に変わります。そしてそれがユーザーにとっての(3)主観的情報量として認識され、同時に摂取可能な情報量だけがユーザーに読み込まれる。だいたいそんな流れになるのでしょうか。

・天才とは自分のヴィジョンを表現してコンテンツをつくるときに、どんなものが実際にできるのかをシミュレーションする能力を持っている人である。これが吾朗さんとの会話をふまえて、ぼくが得た天才の定義です

・クリエイターがなにかを生みだしていることは間違いありません。その源泉はなにかということを考えたのです。基本的には以下のパターンで、オリジナリティというものが生まれると思います。
・脳のヴィジョンを再現する能力が技術的に不足しているため、偶然に、なにか違うものができてしまう
・意図的にでたらめな要素を入れてコンテンツをつくる
・パッチワーク的に、自分がつくっていない要素をパーツとして利用する結果、自分がつくっていない要素が原因で〝奇跡〟が生まれる
・いままでの自分が知っているパターンを切り貼りして、新しい組み合わせのパターンをつくる
これらが、コンテンツにオリジナリティがあるように見える原因である。それは本質的にはすべて偶然であるか、もしくは既存のものの見え方を変形したものである。これが、コンテンツとクリエイターとはなにかということについて、たどりついたぼくの結論です。

・この本ではコンテンツとはなにか、いろいろな切り口から定義してきましたが、最後にさらなる定義を追加することが可能でしょう。  コンテンツとは〝双方向性のない遊び〟をメディアに焼き付けたものである。  そしてコンピューターの登場により、ゲームやウェブサービスのようにコンテンツに双方向性を付け加えることができるようになった現状では、右の定義はもっとシンプルに言い換えられるでしょう。  コンテンツとは〝遊び〟をメディアに焼き付けたものである。

コンテンツの秘密―ぼくがジブリで考えたこと (NHK出版新書 458)より)

 

人間の脳はコンテンツを脳が理解しやすい形で受け取っている

・(前略)ぼくはこれを「主観的情報量」「客観的情報量」と名付けると、うまく説明できるんじゃないかと思っています。前者は人間の脳が認識している情報の量、後者はアニメの線の数からコンピューターの画素数まで、客観的基準で測れる情報の量ということになります。

・(前略)人間の脳はコンテンツの情報をそのまま理解しているわけではなく、脳に理解しやすい形に変換して理解しているということが分かります。コンテンツとしての情報量と、脳が認識するときの情報量は、やっぱり、そもそも違うのです。この脳が認識する情報量こそが主観的情報量です。コンテンツがリアルだからといって、脳が認識する主観的情報量が多いとは限りません。

・ユーザーにとってコンテンツの良し悪しは、情報量ではなく、伝えられた情報の中身で決まるものでしょう。

 

なるほどと思った部分がここです。いいコンテンツの一つとして、コンテンツが脳に理解しやすいであることが必要ということです。

一眼とかで撮影した写真は、背景がボケているのがキレイですが、この背景がボケている状態は余計な情報が入ってきにくいので脳にとって理解がし易いんだと思います。写真の背景をフォトショでボカシて並べてみましたが、ボカしてあるほうがキレイに見えると思います。

これは、ただ有村架純の画像でちょっと遊びたかっただけですが笑

有村架純

citrus fudge | yoimachi: Twitter / Kasumistaff  有村架純 より)

 

コンテンツは競争で似通っていく

・コンテンツがとにかくワンパターンになりがちなのは当たり前なのです。それはむしろコンテンツの本質だとぼくは思います

・いくらコンテンツが増えてもパターンは同じ。コンテンツの世界で競争が起こるとそうなるのです。

 

本書の中で、印象的な部分の一つがこの部分です。ウェブ上のコンテンツがわかりやすくこの状態に当たります。

どこのウェブメディアも似たようなタイトルをつけますし、コンテンツの中身も似たものがたくさんあります。バイラルメディアなんかほとんど似たようなコンテンツを扱っていますし。

タイトルのABテストなどを大手メディアを中心に行っていますが、ABテストの導入がもっと簡単になっていけば、タイトルを中心にウェブメディアのコンテンツパターンはもっと似ていきそうです。

似ていく中で差別化を行っていくというある意味矛盾したことを行っていくことができることがクリエイターとしては必要なんでしょう。

 

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