炎上にはたくさんのメリットがある! 「なぜ僕は炎上を恐れないのか  年500万円稼ぐプロブロガーの仕事術」

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現在まだ東京で消耗してるの?というブログを行っているイケダハヤトさんなぜ僕は「炎上」を恐れないのか 年500万円稼ぐプロブロガーの仕事術 (光文社新書)を読みました。

イケダハヤトさんがもともと凄く好きだったので、とても共感できる内容でした。(まあ共感されるのは嫌らしいですが・・・)

そして、何度も炎上を(常時炎上?)しているイケダハヤトさんですが、彼を本気で批判したいならちゃんと読んでおく一冊です。彼の価値観・スタンスをよく知ることができます。

 

 

・「ぼくが発言して、炎上すればするほど、みなさんは発言しやすくなると思うんです。要はみんな怖がりすぎだと思うんですよ。ぼくが叩かれているのを見ることによって、きっとみなさん、勇気を得られるのではないかと。  実際、ぼく自身の経験を振り返っても、そういうことが頻繁にあったんですよ。  つまり、誰かが炎上している姿を見て、〝あぁ、この人はこんなに石を投げつけられているけど、しっかり自分の意見をいっているな。自分はなんて小さいことで悩んでいるんだ〟と」

・「自分が書きたいこと、書くべきだと思うことは、人から嫌われようと書く」というのが信念です。

・空気なんて読まなくていい。人に嫌われてもいい。友だちなんていらない。そんな「覚悟」が人生を変えてくれました。「炎上」が、ぼくを育ててくれたんです。

・当初「炎上」を恐れ、自由に発言することなく、窮屈な生き方をしていたぼくですが、人に嫌われてもいいという「覚悟」を持ったことで、本業であるブログの売り上げも上がっていきました。ブログをきっかけにコンサルティングや講演などの、新しい仕事にもつながっていきました。そして何より、ぼくは以前よりもずっと「自由」な人生を謳歌できるようになった――。

・「いいたいことがいえる地位を築き、環境をまず変えること」ことこそが、「真の意味で自分を変える」ための第一歩になる、ということを本書では提示します。その上で、並行して、「強い心」を作っていきます。

 

人に嫌われることを恐れていた頃の話

・(前略)そういう立場は、ぼくが自然に振る舞った結果というよりも、かなりの度合いで「空気を読んで」、巧みに自分のポジションを作り上げて勝ち得てきたという実感があります。自分ありきではなく、周囲ありきで、自分のかたちをグニャグニャと変えてきたような感覚です。  この感覚は説明が難しいのですが、ぼくの脳内に「多種多様な嗜好を持つ、三者三様それぞれの生徒にとって、それぞれ魅力的な先生がひしめく職員室があるような感じ」といえば伝わるでしょうか。要するに、直感とフィーリングによって、「あ、この生徒にはこんな感じの先生がいいかな」と、次々と擬態を繰り返す。理想の「先生」になれるように自分を合わせる修行をするような感覚です。

・ぼくは一般的にいう「社会不適合者」、もう少し正確にいえば、「会社員不適合者」だったのです。それはいまだに変わっていません。学生時代には、自分の知識やスキルを高め、コミュニティ内で一目置かれるという戦略を取り、自分の居場所をつくることに成功してきました。しかし、ビジネスの世界においては、新卒のペーペーがすぐに一目置かれるわけはなく、ぼくのキャラづくり戦略は、瞬く間に有効性を失っていきました。

・彼(とあるNPO起業家)は攻撃を受けることを覚悟しているだけでなく、自分が志す問題解決を遂行するためには、誰かを傷つけることすらも厭わない覚悟を持っていました。ぼくは傷つくのも怖いし、誰かを傷つける覚悟もない。彼に比べると、なんて情けないのか……。同世代の経営者の言葉は、ぼくの行動と心持ちを変えるほどの大きなインパクトを与えてくれました。

・何度か手痛い炎上を経験していくと、次第に、炎上には実は「いいこと」もたくさんあるのだということが徐々に分かってきました。何かというと、たとえば、どうも、「一流」といわれる方たちは、「炎上している」というその事実だけで、ぼくに注目をしてくれるようなのです。こういうことを書くとまた炎上するのですが……。

・想像するに、「一流」の人たちというのは、ネットかリアルかを問わず、自分自身も過去に大きな「炎上」を経験してきたのでしょう。他者との軋轢を恐れず、出る杭となるはずの意見も恐れず口にして社会の殻を突き破り続けてきたからこそ、いま、一流の人間として存在していられるのだと思います。そしてそういう人は、誰かが自分の意見を発信し炎上する姿を見ると、過去の自分を思い出し、優しさがこみ上げてくるのかもしれません。一流の人たちは(その意見に賛同するか否かはどうでもよくて)「炎上を覚悟して、自分の確固たる意見を発信している」という態度そのものを評価しているように感じます。

・炎上をしていく中で、更なる気づきがぼくの中に訪れます。いやはや、これをいうと、また炎上してしまうのでしょうが……。ぼくは、炎上すればするほど、「二流以下の人たち」が自分の周りから離れていくと気づいたのです。

・こうして炎上を受け入れるなかで、ぼくは「いまこうして炎上しているということは、それは世の中に新しい価値観を提示できたという証拠ではないのか」と気づくことになります。

・炎上というのは、よくよくその影響を観察してみると――心理的ダメージさえ乗り切ることができれば――実はいいことずくめだったのです。

・ぼくがここで提唱する「炎上」は「自分の素直な考えを、空気を読まずに発言して、賛否両論を集めてしまう」という現象を指しています。この点は、よく注意していただきたいと思います。単に炎上すればよいというわけではないのです。炎上には、「善い炎上」と「悪い炎上」があります。明らかなミス、無知に基づく炎上は、悪いほうの炎上です。

・自分が「本当に」そう考えるときのみ、ことばとして発信しましょう。己のなかで長年掛けて育んだ考えが、「空気を読んでしまう自分」という殻を突き破り、社会の壁に突き刺さる。湖に岩を投げいれたように、大きな波紋が返ってくる。そういう場合の「炎上」のみが、あなたにとって良い影響をもたらすのです。

 

炎上するのは悪いことですか?

・ぼくらは他人に対してわずかでも「落ち度」を見つけると、容赦なく攻撃を加えることがあります。それが自分に関係がない人であればあるほど、人は残酷に「落ち度」のある人を断罪するでしょう。ぼくがまず気持ち悪く感じるのは、誰かの「落ち度」に対する、人々の寛容度の低さです。

・そもそも、自分が事件の当事者で、直接的な被害にあっていないのなら、多少の落ち度は「自分には関係がない、どうでもいいこと」としてスルーすべきです。他人に寛容な社会とは、自分が何かの間違いで多少の失敗を犯しても、どん底にまでたたき落とされない社会のことです。自分と関係のない悪事にまで正義の刃を振るう「善人」たちは、自分たちで自分の社会を生きにくくしていると気づかねばなりません。  多くの人が「関係のない他人の落ち度」をスルーできるようになれば、ぼくらの社会はもっと生きやすくなるでしょう。

・他人の失敗に不寛容な社会は、多くの人に、無駄に「恐れ」を抱くことを強要する社会です。その社会の未来には停滞こそあれ、「自由な発想」「挑戦」「革新」は訪れないでしょう。

・寛容な社会をつくるためには、ぼくらは理解できない相手を「排除」するのではなく、少なくとも「対話」しようと試みなければなりません。対話の結果、何らかの合意が得られなくとも、それによって「なるほど、こういう人もいるんだ」という事実をわかりあうことはできます。

・どうすればそのような環境においても、あなたは「炎上を恐れない心」を持ち、自分の声を届けることができるのでしょうか。かなりマッチョな考え方なのは承知で申し上げますが、考えうるひとつの方法は、「会社のなかで、圧倒的なスピードで、圧倒的な成果を出し、自由に発言できる地位を確立する」ことです。

 

中学時代、サイトに月刊50万アクセスを集めた話

・「環境を自ら変えることができる人間になる」ためには、相応の「スキル」や、自分ならどこでもやっていけるという「自己肯定感」が求められます。この「スキル」や「自己肯定感」もまた、いまいる環境の影響を受けます。環境に恵まれなければ、「スキル」や「自己肯定感」も獲得することができず、それゆえに、環境を変えることもできなくなります。

・地位を獲得するということは、あなたが戦う市場において「あなたがいなければダメなんだ」と、できるかぎり多くの人に感じてもらえるようになるということです。

・自分の能力を磨き、実績を積み、市場からの評価を勝ち取れば、あなたのことばは常に「鶴の一声」として捉えられ、尊重されるようになります。「あの人がいうんだから、一理あるはずだ」と。尖った意見は批判も集めますが、それ以上の賛同を集めることも可能になります。そうなれば、自然と炎上など怖くなくなっていきます。

・「抜きん出るためには、とにかく時間を掛けることが必要である」ことを、ぼくは知らず知らずのうちに学び取っていました。圧倒的な時間を掛けた人間の手には、勝利の美酒が与えられるのです。「とにかく時間を掛ける」ことは、プロのブロガーとして活動する今も変わらず大切にしている行動原理です。

・情熱――。これこそが、成果を挙げるために必要な、2つ目の法則だったのです。

・一流になれる人、つまり圧倒的な時間を割き、試行錯誤を重ねられる人は、「努力しよう!」と自分を奮い立たせなくても、勝手に自分の身体がその活動に向かってしまうものです。

・明らかに勝てない勝負を続けるのは苦痛で、楽しくありません。そうなると、どうしたって「頑張る」必要が出てきます。 一方で、「ここは自分の居場所で、ここなら自分は勝てるんだ」と、自分の存在意義を感じることができる場所に身を置けば、自然とその場所が好きになり、いつしか情熱を抱けるようになります。

 

偏差値55から半年で早稲田大学に合格った話

・圧倒的な成果を挙げるためには何が必要か?そのひとつは「試行錯誤」だと思います。

・大きな目的を達成するためには、どこかで常識を破る必要があるのでしょう。大勢が歩む道を、大勢と同じように歩む以上、「平均的な成果」しか出すことはできません。圧倒的な成果を出したければ、大勢の人が歩まない悪路に足を踏み入れ、もっともっとショートカットできないか、模索し続ける必要があるのです。普通の人たちと同じやり方では、全然ダメなのです。

・うまく成果を挙げることができない人というのは、「考えうるかぎりの、ゴールに達するまでの最短ルート」を見つけることに失敗している印象があります。いわれるがまま、疑問を持たず「王道」を歩んでしまう人たちです。成果を出すことができない二流以下の人には、効率性についての視点が欠如しています。単に時間を割けばいい、というものではないのです。考えるべきは、「どうすれば所定の時間内に、もっとも効率よく目的を達成できるか」なのです。Plan‐Do‐Check‐Action*(PDCA)のループを迅速に回し、何が効率的であるかを常に検証しましょう。

「好きでも嫌いでもないこと」なら、ある程度の工夫で「情熱」を持つことができるようになるとも思います。秘訣は、自分が取り組むその課題を「ゲーム」にしてしまうことです。(中略)ゲームの楽しさの本質というのは、与えられた制約のなかで、いかに高いパフォーマンスを成し遂げるか、ということだとぼくは考えています。

・ぼくは、高校時代までに、次の3つの成功法則に気づき、自分の人生を最大限コントロールしようと努めてきました。①圧倒的な時間を掛ける ②時間を掛けるために、情熱を持つ ③試行錯誤を重ね、効率性を追求する。

 

ブログで年間500万円稼いだ話

・少なくともぼく自身の経験を振り返ると、情熱を持つために重要な第一の要素は、「他者からの評価」であるように思われます。誰からも褒められず、認められず、純然たる独力で情熱を獲得できるようになる人は、ごくごく稀な存在です。あなたが何かを好きになるためには、まず、誰かから評価してもらう必要があるということです。

・堀江さんは「もとから」優秀なのではなく、圧倒的な時間を効率よく割いてきた過去があるからこそ、「いま」優秀なのです。ぼく自身も「睡眠時間以外のほぼ全てをブログの執筆に使う」ことを強烈に意識しています。極力、不毛な時間はつくりません。どうしてもやらなければいけないことがあったら、それは上手くブログのネタとして回収します。

「運のよさ」というのは、「どれだけの人と、良質なつながりを作れるか」によって変化してきます。

・気をつけたいのは「この世はしょせん運だから」というのを諦めの理由にしてしまったら、成果を挙げる可能性はほぼなくなることです。何かで成果を挙げようとするのなら、運という外部要因を受け入れて、虚心坦懐、やりつづけるしかないのです。

 

「強い心」を生み出す炎上のススメ

・あなたがもしも、他人との摩擦を恐れず本音を吐くことができる人間だとしたら、あなたは大多数の人とは違う「貴重な存在」です。抜きん出る力を持っていることを、ぜひ自覚して下さい。

・そこで、次に伝授したい「回路」は、「本当に新しいことは大衆には理解されない」という事実です。これは「考え方」というより、紛れもない「事実」であることを強調しておきましょう。

・「新しい」というのは、なにをもって定義できるのでしょうか。ぼくらはなにをもって「新しさ」を感じ取っているのでしょう。 ぼくの考えるところでは、「新しさ」というのは「理解の難しさ」と関係しています。つまり、「よくわからないけど、なんかビビッとくるもの」を目の前にしたとき、反射的にその「新しさ」を感じ取るのです。尊大極まりない言い方をすれば、あなたはあなた自身の言動によって「世界の理解を超えた」と同時に「世界を拡張した」ということなのです。 叩かれたって、バカにされたって、嗤われたって、全然凹むことはありません。自分の先見性を讃え、さらに新しさを追求していきましょう。時代は、いずれついてきてくれます。こういう思考回路をつくることができれば、炎上は、だんだんと、恐れるべきものではなくなっていきます。

 

「社会人」って言葉、気持ち悪くないですか?

・ぼくは最近、(これをいうとまた嫌われてしまいそうですが……)自分は強者の側にいる人間として、どのようにして彼らと向き合うかを模索しています。彼らはあなたを攻撃してきますが、それは救いを求める叫びなのかもしれないのです。いささか自意識過剰ではありますが、そういう声を拾い上げていくことは、強い心を持つ人たちの責務なのではないかとぼくは考えています。

・何か許せない相手がいるときは、その人個人を直接攻撃することはやめましょう。そうではなく、その相手が「なぜそういう行為に手を出してしまったのか」を考え、そこにあるシステム的な問題を観察しましょう。

・もうひとつの回路は「批判するときは、問題解決のために自分も行動する」というものです。人間がつい陥ってしまいがちなのが「批判だけして、解決策は考えない」「正論はいうけれど、行動はしない」という立場です。

さて、第六章と第七章にわたって、「炎上を恐れない心の作り方」を説いてきました
・本当に新しいことは大衆には理解されない
・炎上は人間関係を最適化してくれる ・炎上しても(99%)死にはしない
・自分をアバター化すれば、誹謗中傷は気にならなくなる
・ネット上で炎上するというのは、長い目で見れば笑い話になる
・特定個人を攻撃するのではなく、仕組みを批判する
・批判するときは、問題解決のために自分も行動する。

 

本当の自由とは何なのか

・ぼくは、「自由である」ということは、「善いこと/悪いことを、自分で判断し、行動に移せる状態」だと考えています。

・本当に自由な人間とは、わかりやすくいえば、「法律で悪いと決められていても、自分が善いと考えるなら、それを厭わず実行できる人間」だということができます。

・法律というのは基本的に「後づけ」だということは指摘できます。法律は、ぼくらが持っている善悪感覚に「先行して」存在しているのではないのです。

・善悪感覚よりも、組織内のルールや関係性を重視して判断を下してしまう大人はたくさんいます。「命令だから仕方がない」という仮初の免罪符を盾に、簡単に人を傷つけ、裏切ることができてしまうのです。しかし、彼らは大悪人かと問われれば、そうではありません。むしろ、自分と組織のために、くそまじめに仕事をしているだけの小市民です。日本の社会には、なんと、こうもくそまじめな人たちが多すぎるのでしょう。多くの人は、「自分は自由ではない」と考えています。しかし、ぼくらは本質的に自由な存在なのです。

・この社会が生きにくい理由は、多くの人が「善いこと/悪いことを、自分で判断することができず、他の人の顔色を見ないと行動を起こせない状態」、つまり「不自由な状態」にあるからです。

・あなたが本音を語り、燃えれば、それだけ社会は多様になります。周囲から強引に塗りつぶされることもあるでしょう。でも、いまの、この時代を生きている「ぼくたち大人」が、この絵を何とか変えないといけません。
ぼくらを縛る鎖を燃やしましょう。自他の選択を尊重できる社会をつくりましょう。
やることは、いたって簡単。炎上を覚悟して、本音を語るだけです。
おかしいと思うことは、おかしいと宣言しましょう。そして行動しましょう。
多くの人がそのように変化すれば、この世は色鮮やかで、議論に溢れ、問題が着実に改善されていく、有意義な社会になるでしょう。お互いを認めあう寛容さも、そこには発生するはずです。 理想主義にすぎるかもしれませんが、ぼくは十分変化を起こすことは可能だと信じています。実際、ぼくは、変わることができた人間です。

 

あとがき

・どうすればあなたは、何かを好きになるための「他者評価」を得られるようになるのでしょうか。  手っ取り早い解決策としておすすめしたいのが「ボランティア」です。(中略)ぼくは、ボランティアをすることで情熱の火を燃やしつづけています。社会にとっても自分にとっても有意義な方法だと思います。ボランティアは、ぼくが行き着いた方法です。

・自分の経験からいっても、「情熱を持てる人間」というのは、家族や友人からのあたたかい承認に溢れた恵まれた環境からだけでなく、何かに逃避・依存せざるを得ない環境から生まれる可能性もあると考えています。

・環境に恵まれることがなく、「自分の存在を認めてもらいたい」「意味のある人生を送りたい」「ここから逃げ出したい」という強烈な思いを抱くことになった人は、現状に満足して平穏に生きている人よりも、一流になれる可能性を秘めています。

・あなたを取り巻く不遇は、あなたのエネルギーに変えられる可能性がある――。

 

 

久々にイケダハヤトさんの文章を本という形で読みましたが、とてもいい共感できるいい内容でした。

色々と感想はありますが、たくさん書けそうなので別のブログで書いてみます!

 

このブログも正しく炎上できるくらいの力を持っていきたいです!

 

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